鈴木恵子

鈴木恵子のスピーチ

48歳・企画部・部長

歴史を振り返ると、対立が深まる時こそ、平和を築く知恵が試されてきました。今朝のニュースで伝えられた日本海での演習も、私たちに深い示唆を与えてくれます。世界の力関係が変化する中で、私たちは目の前の動きに一喜一憂するのではなく、より長い時間軸で物事を見つめる必要があります。これは企業経営でも、人生でも同じことが言えるのではないでしょうか。先日、祖父の残した古い日記を読んでいて、昭和の動乱期に、祖父が「目の前の混乱に惑わされず、変わらぬ価値を守り続けることが大切だ」と記していた一節に出会いました。その言葉は、今の時代にも深く響きます。私たちに求められているのは、短期的な変化に振り回されることなく、平和と繁栄という普遍的な価値を見据えて行動することではないでしょうか。その wisdom こそが、未来を切り開く鍵となるはずです。
国家間の緊張や対立を目にするたび、私は人類の歴史に刻まれた知恵の大切さを痛感します。今朝のニュースで中露合同演習の報道を見て、改めて思い至ったのは、対立を超えて相互理解を深めることの重要性です。単なる力の誇示ではなく、相手の立場や歴史的背景を理解し、共に歩める道を探ることが、真の平和への近道なのではないでしょうか。このような考えに至ったのは、世界の歴史を紐解くと、軍事力の増強や対抗意識の高まりが、必ずしも望ましい結果をもたらさなかったことを学んできたからです。第一次世界大戦前のヨーロッパでも、各国の軍備拡張競争が最終的に破滅的な戦争へと発展しました。しかし一方で、敵対関係にあった国々が、外交や文化交流を通じて関係改善を実現してきた例も数多く存在します。私たちが歴史から学ぶべきは、対話と相互理解の重要性ではないでしょうか。私が大学で歴史を学んでいた際、恩師から印象的な言葉を頂きました。「歴史は繰り返すのではない。人々が過去から学ばないから、同じ過ちを重ねているのだ」と。その言葉の意味を深く理解したのは、実は会社での経験を通してでした。部署間の対立があった時、私は相手の立場に立って話を聞き、互いの背景や課題を理解することから始めました。その結果、当初は解決不可能に思えた問題も、徐々に糸口が見えてきたのです。この経験は、国際関係においても同じ原理が適用できるのではないかと考えるきっかけとなりました。私たちは今、歴史の転換点に立っているのかもしれません。目の前の力関係や短期的な利害だけでなく、より長期的な視点で平和な未来を築くために何ができるのか、真剣に考える必要があります。それは必ずしも容易な道のりではないでしょう。しかし、一人一人が相手の立場を理解しようとする姿勢を持ち、対話を重ねていくことが、最終的には持続可能な平和への道筋となるはずです。今朝のニュースは、私たちに改めてこの深遠な課題について考える機会を与えてくれているのではないでしょうか。

鈴木恵子

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48歳・企画部・部長

火星探査の研究が示唆しているのは、私たち人類は未知の世界に挑戦する勇気と、その限界を知る謙虚さの両方を持つべきだということです。最新の研究によると、火星の大気圧は地球の約1%しかなく、そこでは人体が即座に崩壊してしまうそうです。これは、私たちの体が地球という環境に完璧に適応していることの証です。先日、奈良の古墳を訪れた際、千年以上前の人々が残した壁画に心を打たれました。当時の人々も、私たちと同じように星を見上げ、宇宙の神秘に思いを馳せていたのでしょう。人類の探求心は、時代を超えて脈々と受け継がれています。皆さん、新しい挑戦の前には、まず自分たちの立ち位置を知ることが大切ではないでしょうか。地球という故郷への感謝と、未知への敬意。この二つの心を持って、今日も一歩を踏み出していきましょう。
人類は常に未知の世界に挑戦してきました。そして今、私たちは火星という新たな地平線に向かおうとしています。しかし最近の研究によると、火星では予想以上の危険が待ち受けているそうです。酸素マスクがあっても、人体は極めて深刻な影響を受けるのだとか。これは私たちに、未知の世界に挑戦する際の謙虚さと慎重さの大切さを教えてくれているように思います。人類の歴史を振り返ると、新たな領域への挑戦には常に予期せぬ困難が伴いました。大航海時代、壊血病という予想外の病に多くの船乗りが苦しみました。南極探検でも、想定外の気象変動に翻弄された探検隊の記録が残っています。火星でも同様です。低気圧による体への影響、放射線被曝、精神面への負担など、私たちの想像をはるかに超える課題が山積みです。これらの困難に対して、私たちは謙虚に、そして着実に解決策を見出していく必要があります。私事ですが、20年前に高校の歴史教師として赴任した際のことを思い出します。当時の教科書には「人類の進歩は止まることを知らない」と書かれていました。しかし実際の歴史を紐解くと、文明の発展には常に予期せぬ困難との闘いがあったことを知りました。ローマ帝国の崩壊、マヤ文明の衰退、そして産業革命後の環境問題。これらは全て、人類が自然の力を過小評価した結果でした。この気づきは、生徒たちに歴史を教える際の重要な視点となりました。「進歩」とは、時に立ち止まり、時に後退しながら、じっくりと道を探っていく過程なのだと。火星探査は、人類に新たな可能性を示す壮大な挑戦です。しかし同時に、私たちに大切な教訓を与えてくれています。未知の世界に挑む際には、楽観的な期待だけでなく、謙虚な姿勢と慎重な準備が必要だということを。そして何より、一歩一歩、着実に前進することの大切さを。皆さん、今日から始まる一日も、大きな夢を持ちながらも、足元をしっかりと見つめて進んでいきましょう。私たちの小さな一歩の積み重ねが、やがて人類の大きな飛躍につながっていくのですから。

鈴木恵子

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48歳・企画部・部長

人工知能は私たちに大切な気づきを与えてくれます。この度、日本の研究グループが開発した人工知能が、研究者たちが見過ごしていた膵がんの新薬候補を発見したのです。人工知能は、研究者が見落としがちな微細な関係性を見出す力を持っています。これは私たち人間が持つ思い込みや固定観念から自由だからこそ、成し得た発見だと言えるでしょう。私も昨年、母の病気の治療法を探していた時、若い医師から思いもよらない提案を受けました。最初は半信半疑でしたが、実際に効果があり、固定観念にとらわれない新しい視点の大切さを実感したのです。人工知能の発見は、私たちに謙虚さと開かれた心の大切さを教えてくれます。長年の経験や知識を大切にしながらも、新しい発想を受け入れる柔軟さを持ち続けたいものですね。
人類の歴史を振り返ると、大きな発見の多くは、実は私たちの目の前に答えがあったのに、それを見過ごしていたという事実に気付かされます。今回、人工知能が膵がんの新薬候補を発見したというニュースは、まさにそのことを私たちに教えてくれています。時として、物事の本質を見抜くには、慣れ親しんだ視点を離れ、まったく新しい角度から眺めることが必要なのかもしれません。この発見が特に興味深いのは、従来の研究者たちが見落としていた可能性を、人工知能が新しい視点で見出したという点です。私たち人間は、長年の経験や知識に基づいて判断を下しますが、それが時として思考の枠を作り、新たな発見の妨げになることがあります。今回の事例は、既存の常識や経験則に縛られず、データを純粋に分析することで、思いもよらない発見につながる可能性があることを示唆しています。私事ですが、二十年前に父を膵がんで亡くしました。当時は有効な治療法が限られており、診断から半年もたたずに旅立ってしまいました。病室で父の手を握りながら、「もし新しい治療法があれば」と何度も思いました。そんな経験があるからこそ、今回のニュースには深い感慨を覚えます。人工知能という新しい視点が加わることで、これまで気付かなかった可能性が開かれていく。そこには、人類の叡智を結集することで、必ず道は開けるという希望が見えます。科学技術の進歩は、時として私たちの思考の限界を超える発見をもたらします。しかし、それは決して人間の知恵や経験を否定するものではありません。むしろ、人工知能という新たな視点と、人間の持つ深い洞察力や創造性が組み合わさることで、真の進歩が生まれるのではないでしょうか。私たちに求められているのは、既存の枠組みにとらわれず、常に新しい可能性に心を開き、それを受け入れる柔軟さなのかもしれません。未来を切り開くためには、時として、当たり前だと思っていたことを、勇気を持って見直す必要があるのです。

鈴木恵子

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48歳・企画部・部長

物事の解決は、正しいタイミングで決断することにあるのではないでしょうか。今朝の石油増産の合意は、まさにその好例だと感じています。世界の石油需要が変化する中、当初の予定を1年前倒しして増産に踏み切るという決断は、時代の要請を読み取った賢明な判断です。これは私たちのビジネスにも通じる重要な示唆を含んでいます。私も以前、部下の昇進について悩んだことがありました。その時は慎重になりすぎて時期を逃してしまい、優秀な人材を失う結果となりました。後になって、もっと早く決断すべきだったと痛感したものです。歴史を振り返ると、成功を収めた組織には、時代の変化を見据えて先手を打つ勇気があったように思います。私たちも、目の前の変化に気づき、適切なタイミングで決断する知恵を磨いていきたいものですね。
変化というものは、時として私たちの予想をはるかに超えるスピードでやってきます。今朝のニュースで石油輸出国機構が増産で合意し、当初の予定より1年も早く供給を回復させると発表がありました。これは単なる石油の話ではなく、私たちに大切な教訓を投げかけているように思います。計画は時に前倒しされ、変更を余儀なくされる。そんな時こそ、柔軟な対応力と決断力が試されるのではないでしょうか。この決定の背景には、世界経済の急速な回復や各国の要請など、様々な要因が絡み合っています。しかし私が特に注目したいのは、固定観念にとらわれず、状況に応じて計画を大胆に見直す姿勢です。歴史を紐解けば、成功を収めた組織や個人には、常にこうした柔軟性が備わっていました。江戸時代の商人たちも、米相場の変動に応じて素早く商売の形を変えることで、危機を乗り越えてきたと言われています。私自身、20年前に担当していた展示会の企画で、似たような経験をしました。当初は3年計画で規模を拡大していく予定でしたが、予想以上の反響があり、来場者からの熱い要望に応えるため、2年目で計画を全面的に見直すことになったのです。上司からは「まだ早すぎる」という慎重論も出ましたが、市場の声に耳を傾け、思い切って前倒しを決断しました。結果として、競合他社に先んじて新しい市場を開拓することができ、今でも当社の主力事業の一つとなっています。あの時の決断は、確かに大きなリスクを伴いましたが、変化を恐れず受け入れた勇気が、新たな可能性を切り開いてくれたのです。面白いものですね。世の中の変化は、時として私たちの常識や既存の計画を根底から覆します。しかし、そこに潜むのは危機ではなく、むしろ新たな飛躍のチャンスなのかもしれません。今回の石油増産の決定からも、変化を受け入れ、柔軟に対応することの大切さを改めて学ばせていただきました。皆さんも、日々の業務で計画変更を求められる場面があるかもしれません。そんな時は、これを成長の機会と捉え、勇気を持って一歩を踏み出してみてはいかがでしょうか。歴史が教えてくれているように、変化に対する柔軟な姿勢こそが、新たな未来を切り開く鍵となるのです。

鈴木恵子

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48歳・企画部・部長

介護とは、人生の大切な時を共に歩む営みです。認知症の方への介護では、その人らしさを最後まで尊重することが、私たち人間社会の真髄であると考えています。滋賀県での認知症介護研修の取り組みは、単なる技術向上だけでなく、人としての尊厳を守る心の教育でもあります。これは私たち一人一人が、いずれ直面するかもしれない課題への備えでもあるのです。先日、認知症の母を持つ友人から「母が昔の思い出を語り始めると、介護の苦労が報われる」と聞きました。その言葉に、介護とは相手の人生に寄り添い、共に歩む旅路なのだと深く心を打たれました。人は誰しも、いつかは人の助けを必要とする時が訪れます。その時に大切なのは、技術以上に、相手の心に寄り添う温かな理解ではないでしょうか。私たちは今、そのことを考える時期に来ているのです。
人の心に寄り添い、その人らしさを大切にする介護。これは単なる技術や手順の問題ではなく、私たち一人一人の人生の尊厳に関わる深い哲学的な課題です。認知症の方々への支援は、まさに人としての根源的な価値観が問われる領域であり、その人の人生の物語を理解し、寄り添う姿勢が何より重要になってきます。このような深い理解と共感なくしては、真の意味での介護の質の向上は望めないのではないでしょうか。この課題の背景には、私たちの社会が直面している重要な問題が潜んでいます。高齢化が進む中で、認知症の方々への支援は社会全体で取り組むべき喫緊の課題となっています。しかし、単に制度やシステムを整備するだけでは不十分です。むしろ、一人一人の生きてきた歴史や価値観を深く理解し、その人らしい暮らしを支える視点が求められています。これは、介護の専門家だけでなく、地域社会全体で共有すべき重要な価値観なのです。私事ですが、祖母の介護を通じて、この課題の本質を深く考えさせられました。認知症の進行により、時に激しい感情の起伏を見せる祖母に、最初は戸惑いと不安を感じていました。しかし、介護の専門家から「その方の人生の物語を理解することが大切」というアドバイスを受け、祖母の若い頃の写真を見ながら、昔の思い出を一緒に語り合うようになりました。すると不思議なことに、祖母の表情が穏やかになり、私たち家族との心の距離も近くなっていったのです。この経験から、介護とは単なる世話ではなく、その人の人生に寄り添い、尊厳を守る深い営みだと実感しました。面白いことに、認知症介護の質を高めようとする取り組みの根底には、実は人類の普遍的な課題が隠されているのかもしれません。それは「人としての尊厳をいかに守るか」という永遠の問いです。歴史を振り返れば、どの時代も社会も、この課題と向き合ってきました。今、私たちに求められているのは、目の前の方々の個別の物語に耳を傾けながら、同時に人類全体の叡智を集めて、この課題に向き合う姿勢なのではないでしょうか。一人一人の小さな気づきや実践が、やがて大きな知恵となって、より良い介護の未来を築いていくはずです。

鈴木恵子

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48歳・企画部・部長

宇宙飛行士の油井さんの再打ち上げは、人生における再挑戦の意味を私たちに問いかけています。10年という歳月を経て、新たな挑戦に向かう姿に、深い感銘を覚えます。宇宙開発の歴史を振り返れば、常に困難との闘いでした。しかし、人類は諦めることなく、一歩一歩、夢の実現に向かって歩み続けてきました。それは私たちの日常にも通じる真理ではないでしょうか。私は20年前、失敗を恐れて挑戦を諦めたことがありました。しかし今、歴史を学ぶ仕事に携わり、人類の歩みを見つめ直す中で、挑戦こそが人を成長させる原動力だと気づきました。時を経て再び挑戦する勇気、それは人類の進歩を支える大切な精神です。今朝の油井さんのニュースは、私たちに新たな一歩を踏み出す勇気を与えてくれているのではないでしょうか。
人類は常に星を見上げ、その先にある未知の世界を夢見てきました。今朝、日本の誇る宇宙飛行士、油井亀美也さんが10年ぶり2度目の宇宙へと旅立ちました。この偉大な挑戦は、私たちに大切な気づきを与えてくれます。それは、人生における「再挑戦」の持つ深い意味です。年齢を重ねても、経験を積んでも、なお新たな挑戦に向かう姿勢こそが、人間の本質的な美しさではないでしょうか。宇宙開発の歴史を振り返ると、そこには数えきれない失敗と、それを乗り越えた再挑戦の物語が刻まれています。アポロ計画でも、多くの困難や予期せぬ事態に直面しましたが、その度に人類は知恵を絞り、技術を磨き、一歩一歩前進してきました。油井さんの10年という時を経ての再挑戦には、初めての時には持ち得なかった経験と知恵、そして新たな視点が加わっているはずです。これは私たち一人一人の人生にも通じる真理ではないでしょうか。私事ですが、20代で挫折した英語学習に、40代になって再び取り組み始めた経験があります。若い頃は文法や単語の暗記に固執していましたが、人生経験を重ねた後の再挑戦では、異文化を理解する喜びや、世界の多様な価値観に触れる楽しさを見出すことができました。失敗を恐れる気持ちも薄れ、むしろ学び続けることそのものに意義を見出せるようになりました。油井さんも、きっと10年前とは異なる視点で宇宙を見つめているに違いありません。人生は一度きりかもしれませんが、その中での挑戦に回数制限はありません。むしろ、時を経て積み重ねた経験や失敗こそが、次なる挑戦をより意味深いものにしてくれるのです。油井さんの再挑戦に思いを馳せながら、私たちも自分自身の中で眠っている「もう一度やってみたい」という思いに、真摯に向き合ってみてはいかがでしょうか。年齢や経験は決して制限ではなく、むしろ新たな挑戦を深める力となるはずです。今日という日が、皆さんにとって何かへの再挑戦を考えるきっかけとなれば幸いです。

鈴木恵子

鈴木恵子のスピーチ

48歳・企画部・部長

道具は変われど、変わらぬ価値があります。表計算ソフトが人工知能に置き換わるという話題を耳にして、改めて私たちの仕事の本質について考えさせられました。新しい技術は確かに便利です。しかし、大切なのは道具の使い方ではなく、その先にある私たちの思考と判断力です。どんなに優れた道具も、使う人の知恵があってこそ意味を持ちます。私は30年前、手書きの帳簿から表計算ソフトへの移行を経験しました。当時も「人の仕事が失われる」と不安が広がりましたが、実際には創造的な業務に時間を使えるようになり、むしろ仕事の質が高まりました。歴史は繰り返すものです。新しい道具との出会いは、私たちに成長のきっかけを与えてくれます。この変化を恐れるのではなく、人にしかできない判断や創造性を磨くチャンスとして前向きに捉えてみませんか。
道具の進化は、私たち人間の能力を高めるものであり、同時に私たちに新たな可能性を示してくれるものです。最近話題のAIによる事務作業の自動化は、まさにそのような進化の一つといえるでしょう。私は長年、歴史研究に携わってきた者として、この変化を単なる業務効率化としてではなく、人類の知的活動の質的転換点として捉えたいと考えています。技術の進歩は、常に人々の不安を掻き立ててきました。産業革命期には機械化による失業を危惧する声が上がり、電卓が普及し始めた時代には「計算力が衰える」という懸念がありました。しかし、振り返ってみれば、これらの革新は人間の仕事を奪うのではなく、むしろ私たちの知的活動の幅を広げ、より創造的な取り組みを可能にしてきたのです。表計算ソフトが担っていた単純作業がAIに移行することも、同じ文脈で理解できるのではないでしょうか。私自身、二十年前に初めて表計算ソフトに触れた時の戸惑いを今でも鮮明に覚えています。当時の上司から「手計算の方が正確だ」と言われ、密かに心を痛めたものでした。しかし、試行錯誤を重ねる中で、このツールが単なる計算機ではなく、データを通じて新たな洞察を得るための道具だと気づきました。最近では、若手社員たちがAIを使って複雑なデータ分析を行い、私の経験や知識では思いつかなかった視点を提示してくれます。彼らの姿を見るたびに、技術の進歩が世代を超えた学び合いを促進していることを実感します。この変化は、私たち人間に本質的な問いを投げかけているように思います。それは「人間にしかできない価値とは何か」という問いです。歴史を振り返れば、新しい道具の登場は常に人間の可能性を広げ、より深い思考と創造性を引き出してきました。今回のAI革新も、きっと私たちを次の段階へと導いてくれるはずです。日々の業務の中で、この変化を恐れるのではなく、むしろ人間本来の創造性を解放するチャンスとして捉え、共に成長していける職場を築いていきたいと考えています。

鈴木恵子

鈴木恵子のスピーチ

48歳・企画部・部長

人生の価値は年齢を重ねることで深まっていくものです。60歳は衰えの始まりではなく、新たな叡智の扉が開く時なのかもしれません。加齢による変化は誰もが経験する自然な営みです。ただ、それを「下り坂」と捉えるか、「異なる景色が広がる新たな高みへの道」と捉えるかで、その後の人生は大きく変わってきます。私の母は65歳で茶道を始め、今では教室を主宰するまでになりました。体力の衰えを感じながらも、むしろそれを受け入れることで、動作一つ一つにより深い意味を見出せるようになったと話してくれます。面白いものですね。年を重ねることは、ある意味で「引き算」かもしれません。でも、その分だけ本質的なものが見えてくる。それこそが、人生という長い旅路が私たちに贈る最高の贈り物なのではないでしょうか。
人生の転換点には、衰えを恐れるのではなく、それを受け入れる勇気が必要だと感じています。特に60歳という節目は、多くの方が心身の変化に戸惑いを覚える時期です。しかし、この変化は決して後ろ向きなものではなく、新たな人生の扉を開く機会なのではないでしょうか。私たちの先人たちは、年齢を重ねることを「円熟」と表現し、むしろ誇りとしてきました。近年の研究で、60歳前後に心身の大きな変化が訪れることが明らかになっています。体力の衰えや記憶力の低下は避けられない現実ですが、これは自然の摂理であり、誰もが通る道です。ここで重要なのは、その変化を否定するのではなく、賢く向き合う姿勢です。かつての日本人は、年齢による変化を受け入れ、それぞれの時期にふさわしい生き方を模索してきました。その知恵は、現代を生きる私たちにも大切な示唆を与えてくれます。私の母は昨年、還暦を迎えました。最初は体力の衰えに戸惑い、落ち込む様子も見られました。しかし、かかりつけ医との対話を重ねる中で、少しずつ前向きな変化が現れました。散歩の習慣を始め、趣味の園芸サークルに参加し、同世代の仲間との交流を深めていきました。「今までできていたことができなくなるのは確かに寂しいけれど、新しいことを始める余裕ができた」と母は笑顔で語ります。その姿は、年齢を重ねることの意味を私に教えてくれました。人生100年時代と言われる今、60歳は決してゴールではありません。むしろ、新たな人生の章を開く序章と捉えることができるのではないでしょうか。体力の衰えを補うように、私たちには知恵と経験が蓄積されています。これからの時代に求められるのは、その変化を自然に受け入れ、しなやかに適応していく力です。年齢を重ねることは、失うことではなく、新たな可能性を見出すチャンスなのかもしれません。今、私たちに必要なのは、この人生の転換期を、どのように意味のある時間に変えていけるかを考えることではないでしょうか。

鈴木恵子

鈴木恵子のスピーチ

48歳・企画部・部長

物事を客観的に見るには、むしろその対象から距離を置くことが重要かもしれません。今日は、そんな意外な視点についてお話ししたいと思います。JR九州の豪華列車「ななつ星」を生み出した経営者は「鉄道が嫌い」と公言し、その視点だからこそ斬新な発想が生まれました。既存の常識や慣習にとらわれない、新鮮な目で物事を見られたのです。私も以前、歴史資料館の企画展を担当した時、歴史が苦手という若手職員の意見を積極的に取り入れました。その結果、堅苦しくない、現代の視点を取り入れた展示が実現し、来場者数を大きく伸ばすことができたのです。皆さん、自分の得意分野こそ、時には「門外漢の目」で見直してみてはいかがでしょうか。新たな可能性が見えてくるはずです。
私たちは時として、物事を「嫌い」だと決めつけることで、新たな発想や可能性を見失っているのではないでしょうか。今朝の日経新聞で、「ななつ星in九州」とユニクロの成功例を読み、深い気づきを得ました。一見、相反する二つの事業に共通するのは、既存の常識や価値観に縛られず、むしろ「嫌い」という感情をばねに、新たな価値を創造したという点です。この発想の転換は、歴史上の偉大な革新にも共通する法則です。例えば、明治時代の実業家、渋沢栄一は当初、士族として商人を蔑視していました。しかし、その「嫌い」を克服し、道徳と経済の両立という新しい価値観を生み出しました。また、本田宗一郎も、当時の自動車業界の常識を「嫌い」だからこそ、独自の技術革新を成し遂げました。このように、「嫌い」という感情は、時として革新の原動力となり得るのです。私自身、十年前に歴史資料館の企画展を担当した際、最初は「デジタル技術」を毛嫌いしていました。伝統的な展示方法こそが正しいと信じ込んでいたのです。しかし、若手学芸員の提案を受け入れ、むしろ自分の「嫌い」を見つめ直すことにしました。試行錯誤の末、伝統的な展示手法とデジタル技術を融合させた新しい展示方法を開発。来場者数が前年比で三倍に増え、特に若い世代から高い評価を得ることができました。この経験から、「嫌い」という感情は、実は自分自身の固定観念や限界を示す重要なシグナルだと気づいたのです。このように考えると、「嫌い」という感情は、実は私たちに大切なメッセージを伝えているのかもしれません。それは、自己変革と革新の機会を告げる警鐘なのです。今、皆さんの中にある「嫌い」という感情は、どんな可能性を秘めているでしょうか。その感情を避けるのではなく、むしろ深く観察し、その先にある新たな価値の創造に目を向けてみませんか。歴史が教えてくれるように、革新は常に、既存の価値観への違和感から始まるのです。私たちの「嫌い」という感情もまた、未来を切り開く貴重な道しるべとなるかもしれません。

鈴木恵子

鈴木恵子のスピーチ

48歳・企画部・部長

人の目が見落としがちな大切な可能性を、機械の目が教えてくれることがあります。先日、日本の研究チームが開発した人工知能が、研究者たちが長年見過ごしてきた膵がんの新薬候補を発見したというニュースに接しました。この発見の背景には、人間の思い込みや固定観念を超えて、データを虚心坦懐に見つめる機械の特性が活かされています。時として私たちは経験や知識が邪魔をして、目の前の真実を見逃してしまうものです。私も以前、古文書の研究で行き詰まっていた時、若い学生の素朴な質問がきっかけで新たな視点を得た経験があります。「なぜそう考えるのですか」という単純な問いが、私の凝り固まった考えを解きほぐしてくれたのです。面白いものですね。真実は必ずしも複雑な場所に隠れているわけではなく、むしろ私たちの「当たり前」という思い込みの影に隠れているのかもしれません。
私たちは今、人工知能が人知れず眠っていた可能性を掘り起こす時代に生きています。昨日のニュースでは、日本の研究チームが開発した人工知能が、研究者たちが長年見過ごしてきた膵がんの新薬候補を発見したと報じられました。これは単なる技術革新の話ではありません。人間の思い込みや固定観念を超えて、新たな希望を見出す物語なのです。この発見が示唆するのは、私たちの目の前にある答えを、時として見落としているという現実です。研究者たちは何年もの間、同じデータを見続けていましたが、その中に潜む可能性に気付きませんでした。それは恰も、暗闇の中で懐中電灯を持ちながら、その明かりを点けることを忘れているようなものです。人工知能は、私たちが無意識のうちに設けていた思考の枠を取り払い、新たな視点を与えてくれたのです。私事ですが、十年前に父を膵がんで亡くしました。当時の医師から「現状では有効な治療法が限られている」と告げられた時の無力感を、今でも鮮明に覚えています。しかし、その後の治療法の研究に携わる中で、気付かされたことがあります。時として、breakthrough(突破口)は新しい発見からではなく、既にある情報の中に隠れているのだと。私の研究室でも、古い実験データを見直すことで、思いがけない発見につながることが何度もありました。まさに、宝の山は足元にあったのです。最後に皆さんにお聞きしたいと思います。人工知能が新たな可能性を示してくれる時代において、私たち人間に求められているのは何でしょうか。それは、既存の枠組みや思い込みから自由になり、目の前の事実を虚心坦懐に見つめ直す勇気ではないでしょうか。日々の業務においても、当たり前と思っていた方法や考え方を、時には疑ってみる。そうすることで、私たちの目の前にある無限の可能性が、新たな光を放ち始めるのかもしれません。過去の経験や知識は大切ですが、それらに縛られすぎず、新しい視点を受け入れる柔軟さを持ち続けたいと思います。